今週の一枚 ダーティー・プロジェクターズ『ダーティー・プロジェクターズ』

今週の一枚 ダーティー・プロジェクターズ『ダーティー・プロジェクターズ』

ダーティー・プロジェクターズ
『ダーティー・プロジェクターズ』
3月3日(金)発売

本国では既に発売済、予定より3日早くフライングでリリースされたダーティー・プロジェクターズの4年ぶりの新作は、デイヴ・ロングストレスの「大失恋アルバム」であると事前に報じられていたとおり、元メンバーのアンバー・コフマンとの別離が創作の大きなテーマとなっているアルバムだ。オープニング・ナンバーの“Keep Your Name”は「なぜ僕を捨てたんだ(I don't know why you abandoned me)」という重い独白で幕を開け、曲間では前作『スウィング・ロー・マゼラン』収録のナンバーで、デイヴとアンバーが共に歌う“Impregnable Question”がサンプリングされている。そう、本作の出発点にセラピー的な意味があったのは間違いないだろうし、そんな本作をダーティー・プロジェクターズ名義でリリースするのをデイヴが一度はためらったというのも理解できる。しかし、彼が腹を括り、こうしてダーティー・プロジェクターズとしてリリースされた本作は、間違いなく過去最高にパーソナルなアルバムであると同時に、過去最高にパブリックに響く、2010年代後半の時代性を捉えたサウンドトラックにもなり得る作品だという点が驚異的なのだ。

本作における最大の変化は、バンドの解体によってデイヴのワンマン体制がほぼ確立されたことだ。それによってかつてのダーティー・プロジェクターズの特徴であった奇妙で斬新な骨組みやテクスチャーを生むギターやアンサンブル、初めて耳にする旋律をまるで太古の昔から継承されたチャントのように高らかに歌い上げる3パート・コーラスといったものは封印されている。それらにとって代わったのがヒップホップやR&Bのアプローチで、タイヨンダイ・ブラクストン、ソランジュ、アトムス・フォー・ピースのビートメイカーであるマウロ・レフォスコらとのコラボレーションが、そんなダーティー・プロジェクターズの新章を支えている。

半歩先が読めない足取りで、しかし自由に放埒に走り回り駆け回っていたかつてのダーティー・プロジェクターズの旋律やハーモニーは解体され、ビートでぶつ切りにされ、ぶつ切りにされたそれらをぎくしゃくと再びはめ直していく本作には、曲間に文字通りいくつもの「間」が生まれ、その間に未だかつて無いほど痛切な情感が蓄えられ、弱く、無様で、何より人間らしい葛藤や内省がそこから立ち上がってくる。独りになったデイヴの歌声はオートチューンによってピッチを上げ下げされ、歪み、揺らぎ、そして幾重にも重ねられたハーモニーは、かつてのダーティー・プロジェクターズのコーラス・ワークにあったゴスペル的昂揚やポリフォニーとは対照的に、多重のレイヤーがプレッシャーとなり、魂を押し潰すヘヴィネスの効果を生んでいる。本作が凄いのは、それでもなおここには美しさがあり、1曲1曲がポップに聴こえるということだ。もっと言えば、この『ダーティー・プロジェクターズ』のたどたどしく抽象的なのに饒舌な情感、洗練と野蛮のアンバランス、そしてR&Bのソウルネスがぬぐい去れない哀しみや孤独に直結している風景を、私は「知っている」し、「馴染み深い」と感じるのだ。

前々作『ビッテ・オルカ』と比べれば、前作『スウィング・ロー・マゼラン』は遥かに「歌」のアルバムだった。そして本作も、どちらかと言えばそんな『スウィング・ロー・マゼラン』に続く歌のアルバムだと言っていい。何しろ傷心のデイヴを支え、本作の指標となったもののひとつはジョニ・ミッチェルなのだ。ただし、歌のかたちは以前とはもう永遠に異なっているし、歌に宿る詩情もまた変質している。そして先に書いたように、本作にそうして立ち現れた新しいかたちを、変質した詩情を、私はここ数年で何度も耳にし、目にしてきたものであると感じる。『スウィング・ロー・マゼラン』までの彼らのように、「なんじゃこりゃ!」という驚きは本作にはない。その代わり、曖昧とした今の空気をはっきりと掴み捉えた作品として、同じ時代に生きる者として深い共鳴や共感を覚えるアルバムなのだ。そう、フランク・オーシャンの、カニエ・ウェストの、ジェイムス・ブレイクの、そして最新作のボン・イヴェールがそうであったように。本作がダーティー・プロジェクターズ史上最もパーソナルであり、同時に最もパブリックなアルバムであると言えるのはそれゆえだ。

ラスト・ナンバーの“I See You”はついに訪れるゴスペルの昂揚に胸打震えるナンバーで、「僕らの愛とは芸術だったと信じている(Yeah, I believe that the love we made is the art)」と歌われる歌詞も含めて、はっきりと赦しと再生が刻まれた感動的なエンディングだ。ザ・ウィークエンドの『スターボーイ』のラスト・ナンバー“I Feel It Coming”にも意味合いが近いと感じる、最後の最後ですべてを受け入れ、昇華していく器の大きいポップ・ソングなのだ。デイヴ・ロングストレスの個の葛藤と苦しみから始まった旅路が、最後にはこうして個を超えた規模で彼や私やあなたを肯定し、祝福する場所へと辿り着く。まさに本作を象徴する幕切れだと思う。(粉川しの)
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