今に蘇るこの破格のサウンドのとてつもなさ

ザ・ビートルズ『アビイ・ロード [50周年記念スーパー・デラックス・エディション]』
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ザ・ビートルズ アビイ・ロード [50周年記念スーパー・デラックス・エディション]

ザ・ビートルズの実質的な最後のアルバムとなった名作『アビイ・ロード』のリリース50周年を祝った、最新リミックス・エディションがこの作品の内容だ。これまでもビートルズの作品については『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』、『ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)』とアルバムまるごとのリミックスが近年行われてきたし、それは必ずリスナーに対して大きな刺激や発見をもたらしてきてくれたはずだ。

ビートルズは66年の世界ツアー終了とともにライブ活動から一切身を引き、その後はスタジオ・ワーク主軸へと活動自体を移行させていた。そんな状況の中で、ビートルズはロック史上究極のサイケデリック・アルバムとなる『サージェント・ペパーズ〜』と史上最強のミニマリスティック・ロック・アルバムともいえる『ザ・ビートルズ〜』を立て続けに制作し、世界中を震撼させることになった。しかし、それはほとんどすべてが4トラックでレコーディングしたもので、そこにビートルズは数知れないほどのオーバーダビングを繰り返してきたのだ。たとえば、基本となるドラム、ベース、リズム・ギターとボーカルを4トラックにレコーディングすると、それらをすべて別の4トラックの1トラックにダビングして、残りの空の3トラックにさらに重ねていきたい音をレコーディングするという、4トラックしかなかった時代にはすさまじく画期的な方法でビートルズはスタジオ本位なサウンドを自ら編み出してきたのだ。

その反面、リズム・セクションが埋もれたり片チャンネルからしか聴こえなかったりなど、ビートルズのステレオ盤についてはいつもどこかバランスがいびつなところがあった。ビートルズについてモノラル音源が神格化されてきた理由のひとつには、モノラルだとこうした左右のバランスのいびつさからは自由になるということがあったはずだ。いずれにしても驚異的なのはビートルズがあの『サージェント・ペパーズ〜』のサウンドまでそんな環境で作り出していたということなのだ。

しかし、『アビイ・ロード』はそうした意味でそれまでのビートルズのアルバムと一線を画す革命的な作品でもあった。というのは、ビートルズからの度重なる不平不満に対処して、アビイ・ロード・スタジオでもようやく8トラックのテクノロジーを備えることになったからだ。そこでなにが変わったかというと、リンゴ・スターのドラムが常にサウンドの中心で鳴っていることが可能になり、そのドラミングの全貌が音とイメージとして襲いかかってくるところなのだ。このアルバムでは「リンゴがこんなにファンキィなドラマーだったとは!」という感銘がものすごく大きいが、それこそこれまでのレコーディング環境でずっと埋もれてきてしまったものなのだ。さらに、ジョン・レノンポール・マッカートニージョージ・ハリスンのそれぞれの完璧なアレンジと補完関係がケミストリーとして十二分に堪能できるようになったことがこのアルバムのあまりにも素晴らしいところなのだ。ビートルズの有終の美どころか、最高傑作と称える人が多いのもそのせいであるはずなのだ。

たとえば、昨年と一昨年の『サージェント・ペパーズ〜』と『ザ・ビートルズ〜』のリミックスというのは、この両作品におけるバンド・ケミストリーを少なくとも『アビイ・ロード』で聴けるサウンドで再現しようとする試みで、そこが嬉しいところだった。4トラックでダビングとミックスをしまくった音源のそれぞれのパートをすべて分解し、それぞれのアルバムの音のイメージを崩すことなくバンド・ケミストリーがきちんと伝わるように再構成したものだったのだ。では、今回の『アビイ・ロード』についてはどうなのか。実はこのアルバム自体がすでに同じことを50年前の69年に達成していたので、リミックスとしての驚きはないかもしれない。しかし、細部まですさまじく音源を磨き上げているところがすごい。“ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー”のエンディングのフェイドアウト直前のギターの旋律が初めて聴き取れたというような感動が詰まっているのだ。

今回はさらにドルビー・アトモスという究極のサラウンド・システム用の音源も収録されていて、これはもうメンバー全員がステロイド剤を服用したとしか言いようのない迫力に満ちたサウンドになっている。ではそれが嘘なのかというとそうではない。ドルビー・アトモスの“カム・トゥゲザー”を聴いて思ったのは、子供の頃にこの曲を聴いた時、同じような衝撃を確かに感じたということだからだ。それだけこのアルバムのサウンドは70年代中盤まではとんでもないものだったのだ。 (高見展)



詳細はUNIVERSAL MUSICの公式サイトよりご確認ください。

ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』11月号に掲載中です。
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ザ・ビートルズ アビイ・ロード [50周年記念スーパー・デラックス・エディション] - 『rockin'on』2019年11月号『rockin'on』2019年11月号
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